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アフリカ探検中のリヴィングストン、救出される [歴史]

 1871年11月13日、ナイル川の水源を求めて、1866年から3度めのアフリカ探検に出かけ行方不明になっていたリヴィングストン博士(58歳)が、タンガニーカ湖東岸のウジジ村で発見されました。博士は熱病でかなり衰弱していたものの、生命には別状ありませんでした。
 救出したのは、ニューヨーク・ヘラルド紙が博士探索のため派遣していたヘンリ・スタンリー記者(30歳)で、2年間にわたる捜索の末、発見に成功しました。博士によると、同行者に薬を持ち逃げされて病気になったとのことでした。その後、博士はスタンリー記者とともに、タンガニーカ湖周辺を探検し、記者の帰国の勧めを断って探検を続け、1873年にチタンボ村(現ザンビア中東部)で客死しました。博士は宣教師でもあり、人道主義者として奴隷貿易廃止の先駆者でしたが、南部アフリカの東西横断成功により通商ルートを開き、結果として植民地支配への先鞭をつけました。
 一方、スタンリーもアフリカ中央部の横断(1874~77年)など数々の探検を行い、『暗黒大陸横断』(1878年)を著しました。この著書などによりアフリカ大陸内陸部の事情があきらかになると、ヨーロッパ列強はこの地域に関心を示すようになりました。
 地図・図版など詳細は、webページ「みんなの社会」(http://www.net-hub.jp/~hnakayam/)を検索ください。
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